荒川 和久氏の「「一人だと短命になる男、一人だと長生きする女」年金すら受け取れない独身男性の虚しい人生」について

始めに

「コラムニスト・独身研究家」の荒川 和久氏が書いた「「一人だと短命になる男、一人だと長生きする女」年金すら受け取れない独身男性の虚しい人生」と題する記事がプレジデントオンラインに搭載されている。この記事にはいくつか気になった点があったので書いておきたい。

記事の概要

まず、荒川氏は、人口動態調査から、配偶関係別の「死亡中央値年齢」を計算し、男性の場合は未婚や死別の「死亡中央値年齢」が小さいのに対し、女性の場合は未婚や離別の「死亡中央値年齢」が大きいことをもって、「「一人では生きていけない男・一人だと長生きする女」という構造も見えて」くると指摘する。

未婚には若年者が多いので、未婚の「死亡中央値年齢」が低いのは当然だという意見に対しては、「50歳以上でも配偶関係別の死亡中央値順位は変動し」ないと反論する。死因についても触れ、腎不全などの死因が未婚で多いことなどは、外食や飲酒などの食生活が原因ではないかと推測する。

女性の場合は有配偶より未婚や離別の方が「死亡中央値年齢」が大きいのは、「結婚生活中の女性は寿命が縮む」のではなく、「有配偶女性の死亡中央値が低くなるのは、有配偶である期間が男性より短いため、総数の母数*1が小さくなるために起きた計算上の問題」であるといい、「有配偶と死別あわせた既婚者群で見ると、既婚女性の死亡中央値は男性を上回」ると指摘する。

未婚男女の「死亡中央値」の違いや、荒川氏の独自調査などをもとに、女性は「孤独耐性」が高いと述べる。

「「一人を楽しめない」者から、人間は死んでいく」と言い、食生活の見直しなどを提案して、記事が終わる。

気になった点

「死亡中央値年齢」について

荒川氏は、「2020年人口動態調査の15歳以上の配偶関係別死亡者数のデータから、男女それぞれで配偶関係別の死亡中央値年齢を算出」したという。確かに、2020年人口動態調査の「中巻 死亡 第7表 15歳以上の死亡数,年齢(5歳階級)・性・配偶関係別」には、15歳以上の5歳刻みの年齢階級階級ごとに、配偶関係別の死亡数が記されている。

しかし、これはあくまで幅5歳の各年齢階級の死亡数であり、各年齢の死亡数はわからないので、荒川氏がどのようにして「死亡中央値年齢」を算出したのか不明である。「死亡中央値年齢」が一体何を指すのか明らかではないが、仮に、「死亡年齢の中央値」を表すとすると、これは、各年齢の死亡数がわからないと正確には計算できない。各年齢階級で年齢別人口が均等であるとして、つまり各階級を「(階級内の最大+階級内の最小)/2」歳の階級であるとみなして計算すると、おおよその中央値を求めることは可能だろう。しかし、その場合は、階級内の最大+階級内の最小は偶数なので、(階級内の最大+階級内の最小)/2は必ず自然数になり、よって、求めた中央値は必ず自然数または「.5」で終わる数になるはずである*2

中巻 死亡 第7表 15歳以上の死亡数,年齢(5歳階級)・性・配偶関係別」のデータを使って、各年齢階級の階級値を「(階級内の最大年齢+階級内の最小年齢)/2」歳とし、死亡数の累積比率が0.5を初めて超える階級の階級値を計算すると、次の表のようになる*3。これは、上記解釈の「死亡中央値年齢」と一致するはずである。確かに、下表の数値は記事の図表1の数値に近いが、図表1には「67.2」のような、整数でも「0.5」で終わる数でもない数があるのは不可解である。

死亡数の累積比率が0.5を初めて超える階級の階級値
  総数 有配偶 未婚 死別 離別
82 82 67 87 72
87 77 82 92 82

そもそも、「長生き」や「短命」を判断するのに、死亡年齢の平均値や中央値などを用いるべきではない。なぜなら、人口の年齢構成の影響を受けるからである。それは、次のような例を考えればわかりやすい。

ある年の初めにおける年齢ごとの人口が、0歳から49歳まではそれぞれ100人、50歳から99歳まではそれぞれ200人の集団Aと、同じ年における年齢ごとの人口が、0歳から49歳まではそれぞれ200人、50歳から99歳まではそれぞれ100人の集団Bを考える。その年の間に、集団Aにおいては、0歳から49歳までの各年齢で1人ずつ死亡し、50歳から99歳までの各年齢で2人ずつ死亡したとする。また、同じ年の間に、集団Bにおいては、0歳から49歳までの各年齢で2人ずつ死亡し、50歳から99歳までの各年齢で1人ずつ死亡したとする。なお、集団Aおよび集団Bにおいては、人々の誕生日は年の初めにあり、そして年の初めに歳をとるものとし、また、その年において両集団には100歳以上の人は存在しない*4ものとする。

集団A
年齢 人口 死亡数
0 100 1
1 100 1
49 100 1
50 200 2
51 200 2
99 200 2
集団B
年齢 人口 死亡数
0 200 2
1 200 2
49 200 2
50 100 1
51 100 1
99 100 1

死亡年齢の平均値を求めると、集団Aの死亡年齢の平均値は57.83、集団Bの死亡年齢の平均値は41.16となる。また、死亡年齢の中央値を求めると、集団Aの死亡年齢の中央値は62、集団Bの死亡年齢の中央値は37となる。

  死亡年齢の平均値 死亡年齢の中央値
集団A 57.83 62
集団B 41.17 37

これをみると、集団Aは集団Bよりも長生きであるようにみえる。しかし、それは誤りであることは、その年の両集団における各年齢の死亡率(死亡数を人口で割った割合)を考えればわかる。集団A、集団Bともに、各年齢の死亡率は0.01で同じである。したがって、集団Aと集団Bの寿命は同程度である。

なぜ、寿命が同じにもかかわらず、集団Aの方が死亡年齢の平均値や中央値が大きいのだろうか。それは、集団Aには50歳以上の人が多いのに対し、集団Bには50歳未満の人が多いという、人口の年齢構成の違いがあるからである。

平均寿命は、「死亡年齢の平均値」のことではなく、「0歳児の平均余命」のことである*5。そして、平均余命は生命表を用いて計算される。したがって、どの配偶関係で長生きするかを知りたい場合は、単に死亡年齢の平均値・中央値などを求めるのではなく、配偶関係ごとに生命表を作成するべきである。

実際、国立社会保障・人口問題研究所の石川昇氏が、配偶関係別生命表を作成している。これによると、1995年時点の20歳と40歳における配偶関係別平均余命は、次の表のようになる。参考に、厚生労働省の「第23回生命表(完全生命表)」によると、2020年時点の20歳における平均余命は、男で61.90、女で68.01、40歳における平均余命は、男で42.50、女で48.37であり、1995年より4〜5歳程度伸びている。

1995年時点の20歳と40歳における配偶関係別平均余命*6
  総数 未婚 有配偶 死別 離別
20歳時 57.16 49.44 58.58 47.22 45.50
40歳時 37.96 30.42 39.06 34.95 28.72
20歳時 63.46 56.53 64.96 58.03 59.41
40歳時 43.91 37.18 45.28 43.32 40.49

上表をみると、男女ともに、未婚や死別の平均余命が有配偶のそれより同等程度に短く*7、荒川氏が指摘するような「「一人では生きていけない男・一人だと長生きする女」という構造」は見えてこない。もちろん、それは1995年時点の話であり、現在は状況が変わっているということも考えられる。しかし、それを確かめるには、現在の配偶関係別生命表を作る必要があるだろう*8。また、現在より平均余命が4~5歳低かった1995年ですら、未婚男性の20歳時の平均余命は49.44歳であり、これに20を足すと20+49.44=69.44歳となるから、この記事タイトルの「年金すら受け取れない未婚男性」というのは、おそらく誤りであろう。

「図表4 50歳以上配偶関係別死亡年齢分布」について

「50歳以上配偶関係別死亡年齢分布」の意味するところが明らかではないが、おそらく年齢階級の死亡数を総死亡数で割ったものであると思われる。実際、これをグラフにすると、次の図のように、図表4と似たグラフが得られる。

「配偶関係別死亡年齢分布」

このグラフをみると、男未婚の死亡数のピーク年齢が他の3線と比べて早く、他の3線のピークは近くにある。しかし、これは、全死亡数に占める各年齢の死亡数の割合にすぎないから、人口の年齢構成の影響を受ける。例えば、先ほどの集団A、集団Bについて、同様のグラフを作ってみると、次のようになる。

「集団別死亡年齢分布」

したがって、年齢構成の影響を排除するには、全死亡数に占める各年齢の死亡数の割合ではなく、各年齢の人口でその年齢の死亡数を割った割合(死亡率)を見る必要がある。下図に示す死亡率のグラフをみると、「配偶関係別死亡年齢分布」でみられるような、男未婚と他の3つがかけ離れているが他の3つは近くにある様子はなくなり、未婚男性→既婚男性・未婚女性→既婚女性の順で、同じ死亡率をとる年齢が高くなっていることがわかる。なお、各年齢階級の配偶関係別人口は、「令和2年国勢調査 人口等基本集計 第4-3表 男女,年齢(5歳階級),配偶関係,国籍総数か日本人別人口及び平均年齢(15歳以上)-全国,都道府県,市区町村」のデータを使った。

配偶関係別の年齢別死亡率(死亡数/人口)

「孤独耐性」について

荒川氏は、「「孤独を楽しめる」と回答した割合は、未既婚ともに女性のほうが男性より1.3倍も「孤独耐性」が高いのです」と述べている。少し日本語がおかしい部分があるが、おそらく「「孤独を楽しめる」と回答した割合は、未既婚ともに女性のほうが男性より1.3倍も高く、女性の方が「孤独耐性」が高いのです」と言いたかったと思われる。そして、荒川氏は、「1.3倍とは未婚男女の死亡中央値年齢の差とも一致」すると述べ、「孤独耐性」の差が、「死亡中央値年齢」の差につながっていることを示唆する。

しかし、先ほども述べた通り、死亡年齢の中央値は年齢構成の影響を受けるため長生きの指標として不適切であることはもちろん、男女の寿命の違いは「孤独耐性」の違いによるだろうということも疑問である。このサイトは、男児より女児の方が乳幼児死亡率が小さいこと、男性は内臓脂肪が多く、女性は皮下脂肪が多い等の傾向が染色体やホルモンの違いによって決定されること、男女の喫煙率の違いなどを、女性が男性より長生きする原因として挙げている。

男女では、「孤独耐性」だけではなく、他にも様々な要素が異なっている。したがって、ただ単に男女間で比較すると、「孤独耐性」による影響だけではなく、その他の多様な要素の影響をも混ぜて検出してしまう。よって、「孤独耐性」が寿命に与える影響を調べるには、男女の寿命を比較するのではなく、男女混成で「孤独耐性」ごとに生命表を作成する必要があるだろう。

また、荒川氏は、「孤独耐性」について、「「孤独耐性」が高いというのは「いつも一人でいようとする」指向ではなく、ましてや「一人でいる状態を耐えしのぶ」力で」はなく、「むしろ、社会生活として必要な人とのつながりを保ちながら、「一人の時間も楽しめる」力」のことであると定義している。

しかし、「「孤独を楽しめる」と回答した割合」を調べるだけでは、この定義の「孤独耐性」を測定することは難しい。なぜなら、「「孤独を楽しめる」と回答した」人が、「社会生活として必要な人とのつながりを保」っているかどうかわからないからである。「孤独を楽しめる」が、「社会生活として必要な人とのつながりを保」っていない場合も考えられるが、この場合は、荒川氏の定義の下では「孤独耐性」が高いとは言えない。

荒川氏の定義する「孤独耐性」の高さを調べるには、「社会生活として必要な人とのつながりを保」っているかどうかも別に聞かなければならない。そして、社会生活として必要な人とのつながりを保」っていると回答し、かつ、「「孤独を楽しめる」と回答した」人だけが、荒川氏の定義する「孤独耐性」が高い人である。

*1:分母の数という意味で用いていると思われる

*2:そもそも、各年齢での配偶関係別死亡数をもとに死亡年齢の中央値を求めたとしても、各人の死亡年齢は自然数なので、その中央値は必ず自然数または「.5」で終わる数になる。

*3:「-」は0としている。

*4:その年に99歳の人が、集団では2人、集団Bでは1人しか、その年の間に死亡しないので、その年の次の年には、両集団に100歳の人が存在することになる。

*5:これは、高等学校の保健体育の教科書にも載っていることである。

*6:「配偶関係別生命表:1995年」の表3より抜粋

*7:同様の傾向はアメリカでもみられるようである。Life expectancy and active life expectancy by marital status among older U.S. adults: Results from the U.S. Medicare Health Outcome Survey (HOS) - PMC

*8:2020年の配偶関係別生命表を作成しようとしたが、各歳別の配偶関係別人口は国勢調査から、5歳階級別の配偶関係別死亡数は人口動態調査からそれぞれ入手できたものの、各歳別の配偶関係別死亡数が入手できなかったので断念した。なお、『配偶関係別生命表:1995年』には、註3)に、「別途各歳別死亡数を集計して用いた。」と記載されている。