令和4(行ウ)35 建物解体撤去等差止請求事件

 

判         決

主         文

  1. 本件訴え(ただし、原告Aに関する部分を除く。)をいずれも却下する。

  2. 前項に係る訴訟費用は、原告Aを除く原告らの負担とする。

  3. 本件訴訟のうち原告Aに関する部分は、令和5年1月14日同原告の死亡により終了した。

事 実 及 び 理 由

  1. 請求の趣旨

    1. 被告は、別紙2物件目録記載の建物を解体撤去してはならない。

    2. 被告は、別紙2物件目録記載の建物の解体撤去に関する費用を支出してはならない。

  2. 事案の概要等

    1. 事案の概要

      本件は、被告が平成30年12月に別紙2物件目録記載の物件(以下「百年記念塔」という。)の解体撤去を決定し、北海道議会が令和4年3月に解体撤去費の一部を含む予算を可決したことから、原告らが、被告に対し、行政事件訴訟法37条の4に基づき、百年記念塔の解体撤去及びそのための費用の支出の差止めを求める事案である。

    2. 前提事実

      以下の事実は、当事者間に争いがないか、後掲各証拠又は弁論の全趣旨により容易に認められる。

      1. 当事者

        原告らは、北海道の住民である。

      2. 百年記念塔の解体撤去の決定等
        1. 百年記念塔は、北海道百年記念塔建設期成会によって、野幌森林公園内の記念塔広場(札幌市厚別区厚別町小野幌53番2)に建設された鉄塔である。

          被告は、昭和45年7月に北海道百年記念塔建設期成会から百年記念塔の寄付を受け、それ以降、百年記念塔を行政財産(地方自治法238条4項)として維持管理をしてきたところ(乙1)、老朽化が進み、利用者の安全を確保することができなくなったことから、平成26年7月以降、百年記念塔への立入を禁止する措置を講じた。その後、被告は、平成30年12月、利用者の安全確保や将来世代の負担軽減等の観点から、百年記念塔を解体することを決定した。(乙2・9頁)

        2. 被告は、令和4年2月、百年記念塔の解体撤去に関し、令和4年度一般会計予算に歳入歳出予算4326万9000円を計上したほか、期間を令和4年度から同6年度まで、限度額を6億0300万円とする債務負担行為(地方自治法214条)を定め、当該予算案は、令和4年3月24日、北海道議会で可決承認された(乙3)。

        3. 被告は、伊藤組土建株式会社(以下「工事請負業者」という。)との間で、令和4年10月14日、工事代金額を5億7420万円、工期を同日から令和6年5月31日までとする百年記念塔解体工事に係る請負契約を締結した。そして、工事請負業者は、令和4年11月7日頃から、同工事に着手した(甲19、乙5)。

      3. 本件訴えの提起

        原告らは、令和4年10月3日、本件訴えを提起した。

      4. 行政事件訴訟法の規定
        1. 行政事件訴訟法37条の4第1項本文は、差止めの訴えは、一定の処分又は裁決がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合に限り、提起することができると規定するところ、同法3条2項は、その「処分」について、「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」であると定義する(以下、この要件該当性を「処分性」という。)。

        2. また、行政事件訴訟法37条の4第3項は、差止めの訴えは、行政庁が一定の処分又は裁決をしてはならない旨を命ずることを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することができると規定する(以下、この要件を満たして出訴する資格を「原告適格」という。)。

    3. 本案前の争点

      1. 百年記念塔の解体撤去及びそのための費用の支出に処分性が認められるか

      2. 原告らに原告適格が認められるか

    4. 当事者の主張

      1. 百年記念塔の解体撤去及びそのための費用の支出に処分性が認められるか
        【原告らの主張の要旨】

        百年記念塔については、単に北海道の住民である原告らがその利用、活用及び鑑賞(以下「利用等」という。)をするという利益があるのみではない。百年記念塔の存在及び利用等は、北海道の住民に北海道という地域に特有の歴史的感覚や芸術的情緒を喚起させ醸成させ維持させることに大いに寄与し、北海道の住民の帰属感、連帯感、一体感、歴史観、責任感及び使命感を象徴する開拓の過去から未来へのつながりという郷土愛を形成する役割を担ってきたのであり、これによる北海道の歴史的文化的価値やそこから必然的に派生する北海道の住民の地方自治の本旨の体現ないし象徴として代替不能な重要な精神的価値という利益を有している。被告による百年記念塔の解体撤去は、これら利益で構成される「法律上の利益」を、容易に信頼できない百年記念塔の現状調査の結果及び管理費と解体撤去費との比較に関する不公正で不正確な資料に基づいて、被告が非民主的な手続で永久に喪失させるものであるから、公権力の行使、すなわち北海道の住民である原告らの利益を抑圧する優越的な権限の行使をするものである。したがって、被告による百年記念塔の解体撤去及びそのための費用の支出は、処分性を有する。

        【被告の主張の要旨】
        1. 百年記念塔の解体撤去は、被告と工事請負業者との間における私法上の請負契約に基づいて、工事請負業者が行う事実行為であって、公権力の行使たる行為に当たらないのみならず、契約当事者以外の第三者の権利又は義務に変動をもたらすものではない。

        2. また、百年記念塔の解体撤去費用の支出は、工事請負業者との間で締結された私法上の請負契約に基づいて、請負代金の請求があったときに支出されるものであり、百年記念塔の解体撤去という事実行為と同様に、契約当事者以外の第三者の権利又は義務に変動をもたらすものではない。

        3. したがって、百年記念塔の解体撤去及びそのための費用の支出は、いずれも原告らの権利若しくは義務の範囲を形成し、又はその範囲を確定するものとはいえず、処分性が認められない。

      2. 原告らに原告適格が認められるか
        【原告らの主張の要旨】

        被告が所有管理する百年記念塔についての被告の管理処分権限の根拠は、地方自治法149条6号、7号であるところ、これらと目的を共通する関連法令(憲法92条、地方自治法1条、238条の4第1項、7項、9項、238条の5第4項、5項、244条2項、3項、244条の2第2項、244条の4及び地方財政法8条等)は、全て憲法92条の地方自治の本旨すなわち地方自治の原則と団体自治の原則の実現、維持及び発展という趣旨及び目的を有している。かかる関連法令の趣旨及び目的を参酌すると、前記根拠法令は、地方公共団体の住民に対し、地方公共団体の違法な公共用財産の処分あるいは違法な公の施設の廃止によって、公共用財産及び公の施設に本質的に内在している民主的で公平で幅広い利用によって形成される住民の福祉が著しい被害を受けないという具体的利益を保護しているということができ、その利益は一般公益の中に吸収解消させることは困難である。すなわち、公有財産の中でも公共用財産及び公の施設である百年記念塔については、北海道の住民が被告の公共用財産及び公の施設の管理処分権の行使の単なる反射的利益を享受しているのではなく、北海道の住民に百年記念塔を利用する権利そのものが認められているというべきであり、これが個々人の個別的権利ないし利益であることは明らかである。

        そして、北海道の住民であれば、百年記念塔との距離や実際の訪問経験の有無等の関わりの濃淡を問わず、広くかかる法律上の利益を有している。

        したがって、原告らに原告適格があることは明白である。

        【被告の主張の要旨】

        原告らの主張する利益が、仮に、北海道の住民全体又は原告らを包摂する抽象的な集団的利益として認められるものであったとしても、そのような利益が、原告ら個々人との関係において、個別的な法律上の利益として当然に帰属することとなるものではない。個々人の個別具体的な権利又は利益は、本来、一人ひとりが置かれている居住環境や生活環境、財産状況等により異なって当然であるから、自己の法律上の利益に関わる主観訴訟である以上、各人の個別的利益はあくまで一人ひとり各別に判断されなければならない。そして、原告らの主張をみても、北海道の住民の利益といった抽象的な集団的利益と一線を画する原告ら一人ひとりの個別的利益が何ら明らかにされたとはいえない。

        したがって、原告らが主張する利益は、個別的利益とはいえず、一般公益の中に吸収解消されるにとどまる不特定多数者の利益に他ならないから、法律上の利益(行政事件訴訟法37条の4第3項、4項及び9条2項)について具体的に検討するまでもなく、原告らには、原告適格が認められない。

  3. 当裁判所の判断

    1. 百年記念塔の解体撤去及びそのための費用の支出に処分性が認められるかについて

      1. 抗告訴訟としての差止めの訴えの対象となる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(行政事件訴訟法3条7項、2項。以下「処分」という。)については、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうと解するのが相当である(最高裁昭和37年(オ)第296号同39年10月29日第一小法廷判決・民集18巻8号1809頁等参照)。

      2. 本件において、原告らが差止めを求める被告の行為は、百年記念塔の解体撤去及びそのための費用の支出であるところ、百年記念塔の解体撤去は、被告が、その所有する百年記念塔について、地方自治法149条6号に基づく行政財産(同法238条4項)の処分(廃棄)として、被告と工事請負業者との間で締結された請負契約に基づいて工事請負業者が実施する事実行為にすぎず、その解体撤去のための費用の支出についても、被告と工事請負業者との間の請負契約の締結という私法上の契約を締結するにとどまる支出負担行為(同法232条の3)や会計管理者による支出行為(同法232条の4)という事実行為にすぎないものである。

        そして、これらの行為自体が、原告らを含む北海道の住民に何らかの行動を義務付けたり、その法律上の権利義務を形成したりするものであるとは認められないし、そのような法律効果を生じさせることを根拠付ける法令上の規定も見当たらない。

        以上によれば、百年記念塔の解体撤去及びそのための費用の支出は、いずれも直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上認められているものには当たらないというべきである。

      3. これに対し、原告らは、被告による百年記念塔の解体撤去が、北海道の住民に認められた百年記念塔を利用等する利益や、百年記念塔の存在等を通じて醸成された文化的歴史的価値・精神的価値等を喪失させることとなるなどと主張する。しかしながら、百年記念塔が解体撤去されることにより、百年記念塔を利用等することができなくなるのは、野幌森林公園を訪れた不特定多数者に対する一般的抽象的な事実上の影響にすぎないものであり、原告らが主張する住民自治に関する諸規定も、百年記念塔の解体を検討するに当たって原告らの主張する権利ないし利益に具体的に配慮すべきことを義務付けているとはいえないから、百年記念塔を通じて醸成された何らかの価値が仮に損なわれるとしても、百年記念塔が解体撤去されることによって生じる反射的、間接的な影響であって、北海道の住民の権利義務を直接に形成することが法律上認められたものということはできない。そのため、原告らの主張を踏まえても前記結論は何ら左右されるものではない。

      4. したがって、百年記念塔の解体撤去及びそのための費用の支出に処分性を認めることはできない。

    2. そうすると、原告ら(ただし、後記3のとおり訴訟が当然終了した原告Aを除く。)に係る本件訴えについては、その余の点について判断するまでもなく、不適法である。

    3. 本件訴訟のうち原告Aに関する部分については、同原告が令和5年1月14日に死亡し、かつ、原告らの主張内容等に鑑みると、原告らの訴訟上の地位は原告ら各自の一身に専属するものであって相続の対象となるものではないと解されるから、その死亡により当然に終了したものというべきである。

    4. よって、原告Aを除く原告らについては、本件訴えは不適法であるからこれをいずれも却下し、訴訟費用については民事訴訟法61条を適用して同原告らの負担とし、本件訴訟のうち原告Aに関する部分は、同原告の死亡により終了したと宣言することとして、主文のとおり判決する。